昭和五十六年十一月二十七日 朝の御理解
御理解第六十三節 「一粒万倍といおうが。一人がおかげを受けたので千人も万人もおかげを受けるようになるから、良い手本になるような信心をせよ。」
 一粒万倍といわれるおかげを頂きたい。それには、人の手本になるような信心をせよ。とこう、様々に熱心にうちこみます。熱心に朝参りもする。御用もさしてもらう。あの人は熱心な人だ、と思いもし、いいもします。それでもおかげを受けられない、と言う人がある。各、教会に一人、二人そんな人があります。人のまねの出来ないような熱心な信心をしていかれるが、あの人がおかげ受けられんはずがなかろう、と思うような人がある。だから私、思いますのに、先ず手本になるような信心をさしてもらう、と言うことなんだけれども、手本になるような人の信心を先ず、見習うことだと思うな。神習う亊だと思うね。只、一生懸命にお参りをする。一生懸命に御用をする、というても、いっこう、だから、どこかにやはり、一粒万倍のおかげの頂けるようなもとに、反しておるものがあるのだ。ですから、私共もそういう手本になるような、信心をしなければならんけれども、私はそれ前に、先ず一つ、一粒万倍というようなおかげを受けておる人のまねをする亊だと思う。それを見習うて信心をすることが早いと思う。本当にそこに手本になるようなおかげを受けとる人があるなら、その人の信心を本気で見当してみるべきだと思う。研究してみるべきだと思う。そして何とか、そういうおかげに触れたい。私はいつも思うのですけれども、大阪の泉尾教会の御信心はなかなか難しくてわからん。どこにあの御比礼の元があるのだろうか。あちらから色々な読物が、毎月頂きますからそれも読ませてもらいます。分からない。どこのあの秘密があるのだろうか。と、いつでしたか、もう半年も前だったでしょうか。御本部におります渕上先生が今、教学所におりますから、教祖様の今、御教えが沢山、色々研究されてあらたに出ておるですね。その中におういうような御教えが書いてきてくれました。「人民の為、大願の氏子助ける為、身代わりに神がさする。金光大神比礼の為に、書留」とある。はじめの間はわからなかった。けども繰り返し、繰り返しこれを読ませて頂いとるうちに、ハハア-、大願の氏子、助けるため、金光大神を身代わりにしてでも、おかげを授けて下さるという亊だな、というふうに分ってきた。私、そん時にそれこそ、はた、と思いつかせて頂く亊があった。と、いうのは、様々な教えが泉尾教会には沢山ございますけれども、もう、私より確か十才多いですから、あ-、も七十七であんなさいましょうかね。それこそ老骨にむちうってという、文字通り。それこそ世界狭しとあちこちに、その世界中飛び回って、世界真の平和の為の運動をなさっておられます。言葉でね。世界総氏子、身の上安全。という、誰でもこれは願っておる亊ですけれども、実際に自分が世界中、飛び回っていわゆる世界平和、世界真の平和の為に貢献さして貰う亊を生き甲斐のようになさっておられる。年々の、先生が海外にでもお出でられる、その費用がなんと二億円と言う亊だそうです。そういう例えば、打ち込み方。いわゆる大願の氏子だと思うですね。その願いが成就する、しないは別として、その大願に向かって本気で打ち込んでおられる。願っております。御祈念しております。というのでなくて、本当に自分が世界各国、それこそ津々浦々に難儀な氏子助けるための、悲願に燃えておられる。天地の親神様のお心をそのまま受けておられるという感じなんです。難儀な氏子を取り次ぎ助けられると言うこと。ハハア-、これがあの泉尾の比礼の元だな、と、まあ私は今はその程度に、それでも、まだまだ、あの比礼の元がどこにあるのか、いつも心さして頂いて、あちらへご縁のある人達に聞きます。先生の、泉尾のどこがあの御比礼の元になっておるですか。やっぱ、それぞれにいただきようが違います。でもそれぞれ色々、私は頂いてまいりまして、一番思わせて頂く、感じさせて頂く亊は、いわゆる大願の氏子であられると言うこと。大願それを身をもって、その実験に移しておられると言う亊に私はまあ、敬意を表する、とともにやっぱり見習わなければいけないなあ、とこう思います。私も大抵人に負けん位になら、世界万国、津々浦々にというような願いを持っています。だからそん為にはやはり、こちらが力を受けなければならない。いよいよもって、和賀心時代を世界万国、津々浦々に、その和賀心時代をいうなら世に表わす為に、いわゆる合楽理念による他に無い。和賀心時代を世界に広げると言うことは、耗合楽理念をもってする他ない。とわたしは確信してその願いをもっております。ですから私の願いを受けてここで修行をしておる、例えば修行生の先生方は皆それを願っております。北米に、カナダに、又はヨ-ロッパに。豪州にと言うようにそれぞれ願いを立てて。嘘のようなですけども、先達て、若先生がアンケ-トをとりました。ここの修行生の先生方の、したら、先生方のその願いと言うものが、とても今の状態では、宗教者がそういう世界万国、津々浦々に、と言う様なことが亊が、まず不可能なんです。それでも、例えばおかげを頂きたい。そこにはいわゆる、おかげを受けておる事実がある。末永先生がそうです。宗教者として、南米には絶対ブラジル国には渡れない、と言う亊であったのが、それこそ不思議と言うか、奇跡と言うか。皆さんもご承知のような働きが起こって、堂々、宗教者として南米の地に布教することが出来た。今、ようやく二年。昨日あちらからビデオ、八ミリを送ってきておりましたが、そこそ言葉がわからんでも、言うならば、白人が助かり、現地人が助かり、黒人が助かり、日本人はもちろん、先達ての、ここの大祭の時には、二百二十数名の御初穂が送ってきてます。中には日本人じゃない方達が沢山あります。昨日は八ミリが送って、丁度、伊万里の竹内先生の所へ手紙が来ておった。その手紙をお母さんがもって見えて、それを読ませて頂いた後にそのビデオが、その亊が書いてあった。八ミリのそれを送ったという亊が。先達てから、あちらで合同慰霊祭をビルグイ金光教、教会主催でやって、そのあと、盆踊り大会。今はここは冬ですから、あちらは真夏なんです。みんなそれぞれに揃いの浴衣を着てあちらの市長さん達夫妻も、出てありました。浴衣を着て。先だってから、伊万里市長があちらへいかれた時に約束してあった。日本の浴衣を送ります。それを送られたから、それを着て出て一諸に踊っておられるのが八ミリで見せてもらいました。まあ、それでも、ほんとうに金光教、金光様の御比礼だなあと思います。盛大に慰霊祭が仕えられておる。行けないはずの所に行けて、しかもあちらの言葉がわからなければあちらでは布教出来ないと言う。小さい、小さいと言うが、久留米市位のような市らしいですね。ビルグイという所は。そこで、数々おかげを頂いて、今御信者が八つの州にわたってあると言う。ロンドニアとかサントアマロウとか今度は何とかと言う所にも今度、人が助かる場が出けていきよります。文教所です。これなどは。私はもう本当に素晴らしい手本。そういう手本があるから、ここの先生方も行かれん亊はない。神様のおかげさえ、頂けば行ける。だからヨ-ロッパを願う人、カナダを願う人、北米を願う人、色々やっぱ出て来る。だから、願っただけでは出けん。ほんなら末永先生がここで、一生懸命な信心修行をして頂いておった。その修行を私は見習わなきゃいかんと思う。これが一番早かです。よい手本です。                先だってから行橋地区の支部が出けました。その初めての御大祭の模様を皆さんも昨日、一昨日と続けてお話しておりますから、もう本当に驚くばかりである。そういうような、人の助かりとか、おかげというものがどういうような所から、そんなに起きてくるか。様々な難儀をいっぱい抱えておる。借金もいっぱい持っておる。それでいて、人が助かっていくという亊に一生懸命。私は行橋支部長の信心を一つの手本とするならばです。どこを手本にするかと言う徒、昨日も申しました用に、私にかかわりのある、一切衆生の助かりです。私が日々のお届けの書いてあります。どうぞ私の借金払いが出気増すように。主人とか人間関係の難儀な問題がどうぞ、解決のおかげを頂きますようにと言ったような門じゃない。願いが大きい。私に関り合いのある一切衆生がみんな助かってまいりますよう。かかわりあいのある人達がみんな助かっていっておる。堀内さん、堀内さんが堀内先生になった。堀内先生の毎朝の御祈念を頂かなきゃと言うて家族中でお参りさして頂いとります、と言う人が昨日あった。今まではなにか、反発しておったその人がです。今度の御大祭の模様から何から話を聞いてるうちにです。自分の考え方がまちがっとった。これは堀内先生をあの地区では先生として、朝参りを一家でいたします、と言うのである。真似しようと言うわけです。只、お互いの、手本になるような信心もせねばならんが、まずそこに手本になるような人があるならばです。ここの先生方の場合なんかは末永先生が良い手本であるから。末永先生だから行けれるんだと。願いを持っておれば、為には、末永先生がここでしておった修行も又、真似なければ行けない。手本にしなければいけないです。昨日 、私初めて、向こうから、たくさんなお供えやら、御大祭に使ったお金が克明にしるしたのがここにもってきてあります。そして、皆さんもご承知の通り、これ以上のお祭りは仕えられまい、と言うようなお祭りを仕えて、そして余ったお金が二十万。これは預金と書いてある。一番最後に。お金が余った。勿論あすこでのお供えの御初穂やらは、全部ここはお供えへもってきております。それでいてそういう働き。御信者のなかに例えば、こういう御用をして頂いて、先生が借金をもっておられたんでは頭が重かろうと、その借金は私共で払わせて頂こうと言う働きまでおこっておるんですよ。人間関係なんかは、昨日、中村先生から聞かせて頂いたが、あちらの主人が奥さんに手をついて、その、今までの亊のお詫びやら今日こうやっておかげ頂いておる亊のお礼でしょう。頭を下げられたと言う亊を昨日聞きました。人間関係も一辺に解決した。借金ももう、ここに一辺に解決しようとしている。それでいて毎朝、沢山の人が朝参りをするようになった。月々こちらからまいります先生方が、共励会がありましたから、今度も又あることでございましょうが、まあ、共励会にいくたびに御広前が広うなっていくと言うのですから。言うならば、海外布教は合楽理念をもってするほかない。何々は合楽理念をもってするほかない、と言う、言いえれるだけの合楽理念のマスタ-。そして実験、そして実証、そして合楽理念を本気で実験実証しておる人の言うなら信心、いわば手本になるようなものがそこにある、とするならば私はそれを神習わなければいけないと思う。自分が手本になるような信心じゃなくて、手本になるようなのがそこにあるならばです。私は泉尾をひとつの手本にさしてもろうておりますように、ここの修行生が、末永先生を手本にしなければならないように、信奉者の皆さんはです、例えば堀内先生の信心というものを、手本にするがつの値打ちがあると、私は思います。宮崎支部の御大祭を先だってから頂いて、ああいう、それこそほんととは思われないような三百、弁当だけが三百二十五、出けたのが足らなかったと言うのですからね。丸五年になる。五年の勿論記念の大祭でしたけれども。そういう働きが、起こっておった、起こってきたと言うのはいわゆる今日の一粒万倍である。石川そのと言う、八十いくつのお婆さんがもう、それこそ五年間、席の温まる-。もう、宮崎県中を回られる。今日は延岡、今日は高千穂、きょうは日向、今日は宮崎市というふうに、もう泊まり込みでお導きをして回られる。ほんのお婆ちゃんの信心がいうならばあれだけの御比礼になっていった。御比礼と言うことは人が助かると言う亊なんだ。あれだけ人が沢山助かる亊になってきた。そこでほんなら、お婆ちゃんの信心を手本にするというならば、これは日頃の、あちらの迫力です。ただ有り難いではないです。もう、有り難い、有り難い。喜びに喜んで開けた道とおっしゃる。喜びに喜んだと言うその勢いが、八十いくつのお婆さんとも思われない、勢いをもって人の助かることん為に御用さしていただいとられる。ほう、と言うて見とる、眺めとるだけでなくてね。そういう手本があるのだから手本を見習わなければいけない。私はおかげを受けられた、という方の話を聞くとすぐそれを以前、その亊がよい、悪いじゃないけども真似をさして頂いた。今、福岡の千代町に大丸ちいうですかね。大きな家具やさんがあります。そりゃ、もう甘木に、日参。御本部にゃ、月にお参りが二回。まあ、甘木の先生の御取り次ぎで大変難儀な中からおかげを受けてられた方なんです。甘木の先生が言われるなら、いつでも、この全財産にいつも 斗をかけとるといわれます。その方ももう、大変ひどい時があった。甘木の親先生からお金をかりなさらんような亊も、時もあった。ところがあの財産。出光左三さんのいとこにあたる方なんです。そしてあのあたり一帯はあそこのみんな土地だと言われるくらいなおかげを頂いとられる。そのかたが一番難儀な時にですね、毎晩、晩の御祈念を終わられて、箱崎から、一里あるそうですが、御百度を踏まれたという亊を、これは数十年前に聞いたンです、私は。私はその晩から御百度を踏む亊をはじめました。私は椛目から久留米まで三里の道を夜中にお参りはじゅめました。もうそれこそ、どんな寒中でもこれを欠かした亊はありませんでした。今から考えると、まあそんな修行、今合楽でいわれる表行全廃ですから、けどもそん時としてはもう、やむにやまれなかった。そいうおかげを受けるためには、そういう信心をなさった、という亊を聞いて、私は早速、聞いたその日から、その亊を実行しました、ですから私はそこに手本になるようなお話をきいたり、信心をです、そこに、ちょっと手本がそこにあるなら、その手本をまず、手本として稽古するが早道じゃないだろうかとおもいます。私はほんなら泉尾の先生のその大きい願いに立っておられるという、その大願の氏子になりたいと思うております。ここの修行生はいうならば末永先生が信心というものを、もう一辺頂き治して、その、私は真似でもさしてもらわなきゃいけないと思う。なら、御信者さんは堀内先生じゃないけども、石川のお婆ちゃんじゃないですけども、そういう良い手本が合楽にあります。手本になる信心になる前にまず、ひとつ手本になる人の信心を手本として信心の稽古をさしてもらわなきゃならんと思うですね。             「どうぞ。」